デーヴィー・カーローッタラ
カシミール・シヴァ派系の古典サンスクリット文献。女神(シュリー・デーヴィー)とイーシュヴァラの対話という形式で、チャクラの観想・マントラ・儀礼といった外的修法ではなく、心の静止と純粋智慧だけが解脱への道だと説く。
ラマナ・マハルシ(1879–1950)は、このテキストの写本と出会い、自らの悟りの経験と一致することを見出してタミル語の韻文に訳した。マハルシが生涯にわたって重んじたことで広く知られるようになった文献であり、今日もシュリー・ラマナシュラマムで詠唱され続けている。
ラマナ・マハルシとのつながり
「我は誰か」と問うことで心をその源へ引き戻す自己探究の実践と、本書が繰り返し説く「心の動きをその根で断ち切れ」という命令は、同じ一点を指している。
マハルシの教えにすでに親しんでいる読者は、各詩節にマハルシの言葉との響き合いを見出すだろう。
本文より(抜粋)
以下は全詩節のうちの3節です。完全版(原文・解説・用語集付き)はKindleでお読みいただけます。
1.
デーヴィー、問いて曰く
万人の解脱のために、
解脱の道の見極めを、
天界の主たる智慧と実践規範を、
どうか恩寵をもって私に説きたまえ
2.
イーシュヴァラ、応えて曰く
女神よ
いま我は、あなたに、
智慧と実践規範を説こう
智者たちは、これによって、
穢れを滅した解脱に入る
10.
心がわずかでも動けば、
それが輪廻である
心が揺るぎなく、
動くことなく真我の状態に留まるとき、
それが解脱である
これは確実である
それゆえ知れ、
賢者は至高の真我の気づきをもって、
心を揺るぎなく保たねばならぬ